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鐘馗さん

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鐘馗さんは道教の神様で、中国の唐の時代の実在の人物です。玄宗皇帝が病にかかり高熱で寝ているとき、夢の中に鐘馗さんが現れ、「自分は科挙の試験を受けて落第し、自殺した者だが、皇帝が手厚く葬ってくれた。」とお礼を言ったそうです。そして皇帝が夢から覚めると、病は治っていたそうです。それ以来鐘馗さんは、疫病退散 魔除けの神様になりました。 日本では、京都東山の薬屋さんが小屋根に鐘馗さんを置いたのが始まりだそうで、東山では長いひげをはやし、長靴をはいて、刀を持った鐘馗さんをあちこちで見かけます。でも街を歩いてる人は楽しくおしゃべりをしたり、お土産屋さんをのぞいたりして、鐘馗さんに上からじっと見降ろされているのに気づきません。鐘馗さんは、コロナが終わり観光客が随分増えたなあと思っているのでしょうか。

タンポポ

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やっと春らしくなり、桜の開花予想も始まりました。タンポポは桜みたいに華やかさはないけれど、道端で見つけるとなんだか嬉しくなります。タンポポの漢字は蒲公英と書きますが、読める人はいても、これを書ける人はいないと思います。また、英語では”dande lion”(ライオンの歯と言う意味)で、葉の形からそう呼ばれるそうです。またあく抜きをすれば、おひたしやてんぷらにして食べられます。(私は食べたことないけど) 花が終わると綿毛になり、風に乗ってあちこちに飛んでいきます。残った茎はシャボン玉のストロー代わりになり、子供だけでなく大人も試してみたくなります。 タンポポの種類はいくつかあり  西洋タンポポ(がくが反り返る) 関東タンポポ(がくが反り返らない 東や北日本で見られる)   関西タンポポ(西日本で見られ、やや小さめで、葉にギザギザが無い)   白花タンポポ(九州 四国で見られる)などです。 九州 四国の人はタンポポは白色だと思っている人が多いので、子供たちもタンポポを描く時、白いタンポポを描くのかな?  

カレー

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カレーはインド料理をもとにイギリスで誕生し、明治時代にイギリスから横浜に伝えられました。そして日本で独自に進化し、今では日本の国民食となりました。子供たちにも大人気です。 日本のカレーライスのルーツは海軍カレーと言われていますが、横須賀 舞鶴 呉 広島 などが有名です。海軍の人は長い航海で、ずっと単調な海の景色ばかり見て、曜日の感覚が薄れるのを防ぐために、毎週金曜日はカレーを食べたそうです。 戦後 カレールーができ、昭和になるとレトルトカレーもできたので、家庭でも簡単に作れる料理になりました。 今ではカレーライスはもちろんのこと、カレーうどん カレーそば カレーパン キーマカレー カレースープ ドライカレー カレー味の〇〇 カレー味のお菓子 などなど。カレーは思いもよらないところに現れます。日本でこんなに進化し、発展を遂げ、すっかり日本食になったなんて、インド人もびっくりです。

切手のブローチ

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私は中学の頃から文通をきっかけに、切手に興味を持ちました。外国の切手は、日本に居ながらその国の文化や歴史をほんの少し垣間見る事が出来、面白くて外国切手を集めるようになりました。 せっかく集めた切手をしまっておくのは勿体なあと思っていたら、友達が切手でブローチを作ることを考え、友達に手伝ってもらって、切手でいくつかのブローチを作りまた。 薄い段ボール紙に色を塗り、その上に切手を貼って、裏にピンを付けました。思ったよりいい出来ばえで、”売れるかな? これを体にいっぱい付けて、人通りの多い所に立ってたら売れるかな?”などと話しましたが、結局恥ずかしいので止めました。 このブローチの欠点は、紙なのでうっかり服につけたまま洗濯すると大変なことになってしまいます。また雨の日には付けられません。

縄文

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縄文時代は1万6000年前に始まり、約1万年続きました。北海道や東北の縄文遺跡群はユネスコの世界文化遺産に登録されています。現在西暦2025年であることを考えると、縄文時代の長さに驚かされます。 縄文の人たちは土器や弓矢を使い狩猟をし、何度かの気候変動に耐え、カシ トチノキ 鹿 イノシシ カツオ マグロ オットセイ カニ ウミガメなど、私たちが想像する以上の多くの種類の動物 魚 木の実 などを食べていました。またこの遮光器土偶(私はシャコちゃんと呼んでいますが)のように多くの芸術作品ともいえるような土偶を作り、1万年もの間大きな争いもなく、平和に暮らしていたようです。 縄文人なら山奥や無人島でもいろんなものを食べ、暮らしていけますが、何が毒か薬かの知識もない現代人は飢え死にしてしまうでしょう。

住吉大社

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住吉大社は大阪の総氏神で、全国に2300社ある住吉神社の総本社です。また摂津の国の一宮でもあり、大阪の人は親しみを込めて”すみよっさん”と呼んでいます。 祀られているのは、イザナギノミコトが禊を行ったときに、海中から現れた底筒男命 中筒男命 表筒男命 そして神功皇后の四神です。それぞれの神様が第一本宮から第四本宮に祀られていて、社殿は国宝になっています。 昔 神社の前は海だったので、遣唐使も神功皇后の新羅遠征もこの海から出発したそうです。だから神社は航海の守護神として崇められています。 神社のシンボルとなっている赤い反橋 通称太鼓橋は淀殿が息子の秀頼の成長を願って奉納したそうで、傾斜が48°もあるので、草履をはいて渡るのは怖いです。 春分 秋分の日には神社の真西にある明石海峡に太陽が沈み、神社の真南には神功皇后の孫である仁徳天皇陵があります。神社の前に海があった頃、さぞかしきれいな風景だったでしょう。

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梅は遣唐使によって中国から持ち込まれました。春告げ草とも言われ、昔は花と言えば、梅を指しました。万葉集には118首もの梅の歌が読まれ、絵画や工芸品などのモチーフとしても人気がありましたが、遣唐使が廃止されてからは、人気はだんだん桜へと移ったそうです。 梅と言えば菅原道真を思い出しますが、道真が大宰府に流される時、「自宅の庭で大事にしていた梅の木を「東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」(春風が吹いたら匂いを大宰府まで送っておくれ)と詠むほど梅を愛し、その梅は道真を追いかけて、大宰府に飛んで行ったという飛梅伝説があります。 梅は6月ごろに実をつけ、梅干し 梅酒 などに利用されますが、私は毎年暑い夏を乗り切るため、梅ジュースを作ります。梅って本当に花も愛され、実も役に立つ優秀な木ですね。